雨上がりは虹を探して  4.月子と神戸

月子と神戸

カラ、コロ、コローン、と入って来たのは満智子。細かくパーマをかけた自慢の黒髪と黒縁のメガネが満智子のエキゾチックな顔を一層引き立たせている。

カウンターに腰掛け、

「珈琲を頂戴」

と、満智子。

「あいにく、珈琲しか当店にはございませんが」

と、月子が返す。

「あっ、そうだったわね」

と、一瞬信じられないというような表情を作ってみせて

「もう何年になる?」

と、満智子が訊いた。

「もう今年で12年目」

と、月子が返す。

「ほんと、月子さんは凄いわ。よくこんな人気もない場所で、それも珈琲しかおかずに経営が成り立ってるわね」

と、半ば感心しているようで、半ば呆れたというように満智子が言う。

「だって、私は満智子さんみたいに器用やないから、色々できないだけ」

と、月子の言葉に

「私だって色々やりたくてやってる訳じゃないのよ。最近は手を広げすぎて、何が何だかわからなくなる時があるのよ。元々は、ハーブティーとケーキのお店で良かったの」

と、満智子。

「そうそう、そうやった。私が満智子さんと出会った頃は、まだハーブティーと手作りケーキがメインのお店だった」

と月子は、はじめて満智子の店に立ち寄った時のことを思い出す。

当時、月に一度は通っていた王子動物園の帰り、ふとパンダ通りにある桜並木が目に入った。桜吹雪が舞い散るなかで、店先に所狭しと並んだ鉢植えの花が春風に揺れている。吸い込まれるようにその店の扉を開けると、カウンター越しに、デニム地のエプロン姿の満智子が迎えてくれたのだ。

「めっちゃ可愛い女性って思った、満智子さんのこと。私のなかにある“神戸観”にぴったりはまった女性って感じやった」

と、月子が言った。

「何それ?私が神戸観にぴったりの女性なの?はじめて聞く、その話」

と、満智子が身を乗り出す。

「いや、神戸観なんて大そうなことないよ、あくまで私のなかの勝手な神戸のイメージってだけ」

と、月子は話すほどのことじゃないから、と大袈裟に手を振ってみせる。

「そう。是非、月子さんの“神戸観”を聞いてみたかったのに」

と、満智子は残念そうに言いながら

「そもそも、月子さんはどうして神戸に来たの?そう言えば、今まで訊いたことなかったね」

と、満智子が言う。

「大人になったら、絶対神戸に住むって決めてたから」

と、月子。

「えーっ、そうなんだ。それって、子供の頃からってこと?」

うん、と頷く月子に

「でも、何で?何が理由で神戸なの?」

と満智子は、月子が淹れた珈琲の薫りを鼻先で確かめ、美味しそうに一口流し込み、訊いた。

「子供の頃に買ってもらったジグソーパズル。“神戸の100万ドルの夜景”」

と、月子が答えた。

「ジグソーパズル?確かにあった、あった、“神戸の100万ドルの夜景”。今でもあるんじゃないの?えっでも、そのジグソーパズルがきっかけで神戸に憧れたん?」

と、満智子が驚いたように訊く。

「その後、ポートピア’81に来たの」

と、月子が続ける。

「小学生の時。家族揃って神戸に来たんよ。私、四つ下に弟がいてるんやけど、お父さんが弟に、どうしてもポートライナー乗せてあげたかったみたいで。世界初の無人電車やぞ、凄いやろ!ってお父さんのほうが目を輝かせてね。いよいよポートライナー乗るって時も、お父さんが弟に、一番前の車両のガラスの前に立つんやぞ!ってホームの一番端に並んでた。弟より、お父さんのほうが子供みたいにはしゃいでるやんって思ったけど」

「それで、ほんまに神戸に来たん?」

「決定的になったのは、その当時好きだった少女漫画。ラブストーリーの舞台が神戸やってん。風見鶏の館とか、うろこの家とか知ったんわ、その漫画。そして、そこに止めの一手を打ち込んだのが、中学生の時に聴いたユーミンの曲」

と、月子が懐かしそうに、その曲のフレーズを kobe girl♪ と歌ってみせた。

「へえ、ユーミンにそんな曲あったんやね。神戸に住んでるのに全然知らんかったわ」

と、満智子が言った。

開け放した窓から窓に、そよ風が通り抜ける。その心地よさに身を委ねながら、

「ちょっと感動。子供の頃からの夢を実現して、月子さんはここに居るのね」

と、満智子が言った。

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