虹いろ探偵団29 試される絆(続)

重い沈黙が続いた。目を閉じ、顎をのけ反らした格好で煙草をふかしていた黒猫がぼそりと言った。

「つけ込まれるな、ってジミーが言ってる」

「つけ込まれるな…」

と、私が黒猫の言葉をなぞった。

またもや、長い沈黙が流れた。

「やっぱり、ジョージパパを追い出せってことじゃない?だって、つけ込まれるってことは弱い状況ってことでしょ。まさに、エイドが死ぬかもしれないっていう大変な危機がそうじゃない。その状況にジョージパパの分身がつけ込んできているのよ、家族の団結を阻むために。まさにそうよ!」

と、マリアが意気揚々と言った。

「そうかしら……なにか見間違えている気がするの…」

と、メリルが言った。

「ママの気持ちはわかるわよ。だってジョージパパが好きで結婚したんだから。でも、エイドを救わなきゃならないのよ。エイドとジョージパパ、どっちを取るの?」

と、マリアがメリルに詰め寄った。

「マリア、そんなに早急に答えをださなくても」

と、見かねた私が合いの手を入れた。

「急ぐわよ!エイドの命がかかっているのよ!」

と、マリアが私を睨むような目で言った。

あー、手がつけられない。ほんと、まるで黒猫そっくり、と私は内心頭を抱えたくなった。

「ジョージは、ここまで言われてどうなの?」

と、黒猫がジョージに訊いた。

ジョージは、しばらく考えて

「私が家族の足を引っ張っているなら……家を出ようと思います。それで、エイドが助かるなら」

と、言った。

メリルの目にみるみる涙があふれ、大粒の雫がメリルの頬をつたって落ちた。

私はもう一度、

「つけ込まれるな…」

というジミーの言葉を繰り返した。

と、その時

「まさに、これ、この状況じゃないでしょうか?」

と、メリルが声をあげた。

「メリル、それはどういうこと?」

と、私は訊いた。

メリルが話しだした。

今、まさに家族が崩壊寸前に追い込まれている。家族の危機につけ込まれている。こうして今までも、家族の気持ちをバラバラに分断されてきたんじゃないでしょうか。何度も、何度も、家族の絆や団結を引き裂かれてきたんじゃないかと。ジョージの分身が現れたことによって、元々私たちのなかにあった他人への憎悪をかきたてられ、まんまと揺さぶられ右往左往させられている。そして、ジョージの黒い分身という標的が現れたことで、全部をジョージのせいにしているだけではないのかと。自分のことを棚にあげて、ジョージに全てを責任転嫁する、この己の心こそ醜いのではないか、と。ジョージのように魂が分離していないまでも、充分にそれは他人事ではなく、己のなかに巣くっている真っ黒くドロドロした醜さではないか、とメリルは言った。そして、

「私、また同じあやまちを犯すところでした。今、目が覚めました。まさにジミーが言った“つけ込まれるな”は、見間違えるなってことだと思います」

と、メリルは言った。

マリアは憎々し気に唇を結んでいる。

「マリア、よく聞いて。今はまだマリアには納得がいかないかも知れないけれど、ママはやっぱりジョージと結婚したことは正しかったとわかったの。ジョージの姿、ジョージの分身の姿に、ママは自分の姿を見たわ。自分の醜い姿をね。そして、これが家族を分断させている私たち親族の悪の元凶なんだってわかったの。エイドを救うためにまずしなくちゃいけないことは、自分のなかに巣くう醜さを認めることからかも知れないわ。そのうえで、試されていると思うの。今こそ、家族の団結を」

と、メリルが言った。

依然として憎々し気に固く唇を結んでいたマリアだったが、やがてその目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。

「人の振り見て我が振り直せ、ってことじゃない。昔の人はよくいったもんだわ」

と、黒猫が言った。

「はい、そのことがよくわかりました。ジョージがいてくれるおかげで自分の姿が見えました。やっぱり私たち夫婦は、互いを通してしか成長していけないのだと思います」

と、メリルが言った。

「それでジョージ、このところ自分の内面に変化はある?」

と、私はメリルの横で静かに涙を流しているジョージに訊いた。

「はい、少しずつですが……。施設でのこともだんだん鮮明に思い出されてくる瞬間が増えました」

と、ジョージが言った。

「ジョージ、ゆっくりでいいわ。焦らずとも少しずつ自分をとり戻していってくれれば」

と、メリルがジョージの手を握った。

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