虹いろ探偵団30 10月13日、メリルの父

10月13日、メリルの父

その日、メリルは父親に会いに行った。直前まで、行きたくない、と拒み続けた弟を連れ立って。父親のところには、数年前にジョージとの再婚の報告に来ていた。その時、久方ぶりに親子で和やかな時を過ごしたこともあり、父に緊張の色はなく寛いだ雰囲気だった。父は、てっきりメリルとジョージだけで来るのだろうと期待していたようで、弟も一緒であることに驚いているようだった。さらには、ほとんど今まで接触のない孫のマリアまでが連れ立って来ていることに驚きを隠せないようだった。それでも、よく来た、よく来てくれた、遠いところを、とマリアとの対面を喜んでくれた。ジョージくんもよく来てくれたね、と付け加えて。メリルたちは父親の家に通された。父親は一間だけのアパートに暮らしていた。テレビと折りたたみ机がひとつあるだけだが、父がひとり生活するには十分な広さだとメリルは思った。メリルたちを前にして父親は、ご覧の通り、年寄りの一人住まいだからお茶も出せなくて、と言った。

そして父親は、居心地の悪さを誤魔化すように何の脈略もない話を延々と語り続けた。それについてメリルたちの反応がないことにも、敢えて気づきたくないという風に。ひとり語りのように結論づけた話の結末にひとりで笑いさえし、時をやり過ごしているといったふうに。

メリルは、意を決して父親に切り出した。実は、今日は大事な話があって来たの、と。父親は、逃げも隠れも出来ないことを覚って黙った。どうして弟、あなたにとっては息子を連れてきたのか、わかる?と。父親はメリルの問いには答えず、笑みを浮かべて久方ぶりの再会を喜ぶように弟に話しかけた。体の具合はどうなのか?元気にやっているのか?と。弟は不愛想に、ああ、とだけ父親に答えた。メリルは、弟が病んでいるのは体だけじゃない、心も病んでいるのだと父親に言った。父親は、おう、そうだろうとも、母親が子供を置いて男と出て行ったんだからな、みんなあの女のせいだ、と言った。そして、弟にむかって、お前のことを一番に心配している、お前のことが不憫で仕方がないんだ、と言った。メリルは、腹の底から突き上げてくる不快さを感じながら出来るだけ冷静に、弟が心を病んでいるのは母親のせいばかりとはいえない、父親であるあなたにも責任があるのじゃないかと言った。父親は、何を言っているんだ、とメリルを睨みつけた。弟が、そもそも事件や裁判沙汰から縁が切れない人生になったのは誰のせいなんだ、とメリルは父親に詰め寄った。父親は、ふざけた事を言うな、そんな与太話をしに来たのなら帰れ!と怒鳴った。メリルは、父親が車上荒らしや窃盗をはたらいていた過去を突きつけずにはいられなかった。父親は、お前、嘘を言うな!誰が盗みなんかするんだ!馬鹿も休み休みに言え!と、顔を真っ赤にして仁王立ちし、今にもメリルに飛びかからんばかりだった。メリルが危険を感じた時、マリアとジョージが二人がかりで父親の腕を掴んで羽交締めにした。そして、次の瞬間、嘘つきはお前じゃないか!都合が悪くなったらそうやって暴力をふるってきたくせに!まだ子供だった叔父さんを共犯にして窃盗を繰り返していたくせに!と、マリアがありったけの怒りをぶつけて叫んだ。父親はマリアの言葉に一瞬怯んだ様子だったが、敵もさるもの、父親はメリルに向かって、お前がこいつに嘘、出鱈目を吹き込んだのか、と怒鳴った。その時、うつむいて黙り続けていた弟が口を開いた。俺は確かにオヤジから盗みをしてこい、と言われた。まだ俺は、あの時11歳だった。実の親から盗みをして来い、と言われた俺の気持ちがわかるのか、と弟が父親に訊いた。窃盗や車上荒らしの度に俺に見張り番をさせていたじゃないか。そして、もし捕まりそうになった時には、絶対に子供のお前だけは逃がしてやると甘い言葉をかけながら、実際に捕まった時にはオヤジは俺を置いてひとりで逃げようとしたじゃないか。俺がこんなふうになったのは、俺だけのせいじゃないはずなのに、こんな風に育った俺を誰よりもオヤジが疎ましがっているじゃないか、と弟が言った。

メリルは父親に、弟に謝ってあげて!と言った。父親は黙っていた。メリルはもう一度、謝ってあげて!と言った。尚も、父親は黙っていた。メリルは泣き崩れた。この傷が癒えなければ弟の人生が開くことがないこと、弟の自傷行為が止まないことを知って欲しい。弟のために、ひと言でいい、謝ってあげて欲しいのだと。そしてあの時のことは、子供だったお前にはなんの罪もないのだと、お前は悪くないのだと、言ってあげてと。メリルは泣きながら父親に懇願した。しかし父親は頑として口を開かなかった。弟は、期待してなかったからもういいよ、と小さく言った。その時、父親が弟とふたりにして欲しいと言った。メリルは、やっと弟に謝る気になってくれたのだと思い、席を外した。暫くして、話は済んだからと弟が部屋から出てきた。メリルは、ちゃんと話せたの?と訊いた。弟は、ああ、とだけ答えた。メリルは、仁王立ちから冷静さを取り戻したように見える父親に、ハリスの供養のために祈ってね、とだけ言い残してその場を後にした。

車での帰途、暫く誰も話さなかった。ジョージは黙々とドライバーに徹していた。メリルは、一見年老いて見違える程、昔の狂気性が鳴りを潜めるているように感じていた父親の、なんら昔と変わらない姿に愕然とするばかりだった。マリアも、メリルや叔父の心中を察してのことだろう、敢えて言葉はなかった。車中の重い空気を少しでも和らげようと、ジョージがカーラジオのボタンを押した。今流行りのガールズグループの曲が流れた。ダンスミュージックにも聴こえるアップテンポの曲だ。黙っていた弟がメリルに声をかけた。一応、オヤジが謝ってくれた、と。メリルは、そう、と頷いて、親がどんなであれ、自分の人生まで潰されちゃ可哀そうよ、これからまだまだ未来をつくっていけるわよ、と弟を元気づけるように言った。すると、オヤジがメリルには絶対言うなって口止めをしたんだけど、と前置きをして弟が言った。オヤジが、メリルは気が狂っているって言ってたよ。メリルにお前は騙されているって。メリルが帰ったら、お前と飯でも食って楽しくやるつもりだ。明日にでも連絡するから、メリルとはもう付き合うな、と。

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