虹いろ探偵団34 魂というもの

魂というもの

次の日、メリルとマリアがやってきた。ジョージは別行動で、エイドの様子を見に行ってくれているのだという。尤も、家族との距離を置きたいらしいエイドの気持ちをほぐすのにあれやこれやと手をつくし、やっとの思いで今日の約束を取りつけたジョージはひと苦労だったらしい。

「エイドがジョージパパに失礼なことを言ったりしないか心配だわ」

と、マリアが言った。

メリルも私も黒猫も思わず吹き出しそうになった。

「どうしたの?何がおかしいの?」

と、マリアが訊いた。

「よく言えたもんだわ。あんた、どれだけジョージに失礼なことを言ったのよ」

と、黒猫が呆れたように言った。

「分かっているわよ。だからこそ、エイドまでジョージパパを傷つけないでほしいのよ。ジョージパパが優しいからって、如何にも偉そうなことをエイドなら言いそうじゃない?」

と、マリアが真顔で言った。私は尚も吹き出しそうになるのを必死でこらえた。

「きっと大丈夫よ。長男たちの話題には触れないで、あくまでも男同士ってことで友好を結んでくるってジョージが意気込んでいたから」

と、メリルが言った。

私は、メリルとマリアに、昨日ピエールさん宅を訪れたことを前置きしたうえで、

「そう言えば、どうしてあの時、最後にもう一度祈りたいって言ったの?」

と、黒猫に訊いた。

「ジミーよ。間借りのジミーが祈りたがるのよ」

と、黒猫が答えた。そして、続けた。

昨日ピエールさん宅を訪れ、ピエールさんが祈っている姿を目にした途端、間借りのジミーが黒猫の体のなかでくるくると動き出したというのだ。まるで喜んでいるように。そして、ピエールさんを待つために後ろについて祈りだした時、黒猫は正直どうしていいのかわからなかった。何をどう祈ればいいのか。

「だって、ロイの時やトムの時には、祈る目的と祈る具体的な言葉をメリルから教えてもらっていたからいいけど、昨日は不意打ちだったから…」

と、黒猫が言った。そして続けた。

どうしようかと思っていた時、間借りのジミーが突然、黒猫本体を押し退けて黒猫の体の前面に現れ、黒猫の眼をつかってピエールさん、リンダやローリーの祈る姿を食い入るように見つめた。そして、黒猫の体をつかって、ジミーもそれを真似るように祈りだしたと。すると、間借りのジミーの体が震えているのがわかった。というより、黒猫の体のなかで、ジミーの魂が震えているのだと。

「震えていたって、それは間借りのジミーが怖がっていたっていうこと?」

と、マリアが訊いた。いや、違うね、と黒猫は言って続けた。

あれは、恐怖じゃなく、緊張でもなく、どちらかというと喜んでいるといったほうがいい。でも、決して飛び跳ねるような喜びでも舞い上がるような喜びでもなく、じわじわと静かに湧いてくるような……と、黒猫が言った。

「魂が打ち震えるような…そんな感じかしら」

と、メリルが言うと、

そう!まさしくそんな感じよ!と、黒猫が言った。

そして黒猫も、間借りのジミーを通してとても安らいだ気持ちになったという。すると、生前の姿のジミーが、太陽のした眼下に広がる海を眺めている姿が浮かび上がった。ジミーは、12月28日、と黒猫に言った。

「12月28日って、どういうことかしら?」

と、私が言った。

すると、すかさずメリルが答えた。

「ジミーの死んだ日だと思います。死亡推定時刻は12月27日~28日だと聞きました、確か」

「そう。じゃ、キッシュにそれを教えてくれたのね」

と、私が言った。すると、

「それだけじゃないよ」

と、黒猫が言った。

「それだけじゃないって、どういうこと?」

と、私は訊いた。

「それまでだって、…さ」

と、黒猫が言った。

メリルも私もマリアも、一瞬意味がわからず黙っていた。

「ここに居るのは12月28日までってことよ」

と、黒猫が言った。

「間借りのジミー、行っちゃうの?」

と、マリアが寂しそうに言った。

「それで、人は死んだらどこに行くのかってピエールさんに訊いたのね」

と、私が黒猫に言った。

「そう。間借りのジミーがどこに行っちゃうんだろうって思ったから」

と、黒猫が答えた。

「どこに行くってピエールさんは言ったの?」

と、マリアが訊いた。

「魂の世界じゃないかっておっしゃっていたわ」

と、私が答えた。

「地獄とか天国とかじゃなくて、魂の世界なのね。魂の世界ってどんな世界なのかしら?」

と、マリアが言った。

「魂の世界がどんなかは知らないけれど、魂しだいでこの世が地獄にも天国にもなるっていうのを以前ピエールさんに聞いたことがあるわ」

と、私が言った。

「それは私も聞いたことがあります。同じ境遇でも不平不満ばかりを言う人にとってはこの世は不幸な世界にしか見えないし、いつも感謝を忘れない人にとってはこの世はありがたい幸せの世界に見えるものだって」

と、メリルが言った。

「じゃ、天国や地獄が実際にある訳じゃなく、この世が天国に見える人と地獄に見える人がいるってことね」

と、マリアが言った。

「そうねえ、そういう理解が出来るわね」

と、私が言った。

「じゃ、この世が天国に見える魂にしとかなきゃ損じゃない」

と、マリアが言った。

「ほんとね、マリアの言う通りだわ。魂しだいで、この世が不幸だったり幸せだったりを左右する。そう考えると魂が生きることのすべてを司るのね」

と、メリルが言った。

「魂、それ自体が命に匹敵するんじゃないかしら?」

と、私が言った。

「そうよね。だって今、私たちは魂と付き合っているわけでしょ。相手は死んでいるけれど間違いなく今ここにいるわよ、間借りのジミーが。まるで生きているように」

と、マリアが言った。

「そう。それこそが命と呼べるわね。命が存在しているってことよね」

と、メリルが言った。

黒猫も頷くように、ピエールさん宅に話を戻した。

そして、応接室でのやり取りだ。リンダがあり得ない体験をどう受けとめればいいのか、それは罪ゆえの体験なのかとピエールさんに質問した時、黒猫の体のなかで間借りのジミーがとまった。息をつめて聞き入るといったふうに。

「その時、“まさか”の坂を体験しているのですねってピエールさんがおっしゃったの」

と、私が合いの手を入れた。そして、黒猫が続けた。

ピエールさんが、どんなことが起ころうとも真実の姿は変わらないと言った。すべては真実に向かわせるために起こっているのだと。その言葉を聞いた時、間借りのジミーは食い入るようにピエールさんを見つめていた。

「まるで、何があっても忘れないという風に、魂に刻み付けるようにね」

と、黒猫が言った。

そして、黒猫がピエールさんの庭で楽しんでいる時、間借りのジミーもうららかな日差し、苔むした緑、庭園を吹き抜ける風、咲き誇る木々たち、優雅に舞うように泳ぐ池の鯉たちを見つめていた。黒猫の眼をつかって魂に焼きつけるように。

「私、なんだか悲しくなっちゃって……間借りのジミーに、一生居候でもいいんだよって言いたくなっちゃった」

と、黒猫が言った。

「そう言えば、ハリスのレンタルボックスを見つけた日、あの時もメリルがハリスのために祈る姿を間借りのジミーは食い入るように見ていたって…」

と、私が黒猫の話を思い出して言った。

「そうです。確か、そうおっしゃっていました」

と、メリルも相槌を打った。

「間借りのジミーは祈ることが好きだったのかしら」

と、マリアが言った。

「そんなことじゃないと思うわ。きっと祈ることこそが魂の世界に通じることなのよ」

と、メリルが言った。

黒猫が頷いて、そして言った。

「だから、最後にジミーの希望を叶えたくて、祈ったのよ」

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